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A01:分子凝集構造のダイナミクス

高分子凝集系では、個々の高分子鎖の大きな内部自由度と高い応答性のため、弱い拘束や外場に対しても特徴的な構造が形成され、物性にも大きな変化が現われる。例えば、ブロック共重合体鎖はミクロドメイン内へ空間的に拘束されることにより長距離秩序構造を形成し、この構造は静的な弾性の発現をもたらす。

また、流動場は末端会合型ゲル網目の組み換えを誘起して粘性低下をもたらし、伸張場は環動型高分子ゲル(トポロジカルゲル)の強配向構造と高度の光学異方性をもたらす。これらの系の構造形成の速さは系内で絡み合った構成高分子の運動の時定数で決定されるが、この絡み合い状態そのものは構造に強く影響される。このため、高分子凝集系では、分子ダイナミクスと構造形成のダイナミクスが強くカップリングされた状態にある。

しかし、このカップリングの詳細はほとんど知られていないのが現状である。さらに、このカップリングが、構造形成過程における空間スケールと時間スケールの相関(例えば高分子ブレンドのスピノーダル分解における相の大きさと時間の相関)にどのように影響するかという重要な問題も、不明のまま残されている。

本研究項目では、ブロック共重合体系、ゲル系、溶融ポリマーブレンド系などの種々の高分子凝集系の構造と分子ダイナミクスについて精密な知見を得ると同時に、この知見に基づいて、分子ダイナミクスと構造形成のダイナミクスのカップリングの詳細を明らかにする。 さらに、このカップリングが構造形成過程における空間スケールと時間スケールの相関に与える効果を検討し、この相関が種々の系に対して普遍的であるかどうかを明らかにする。

A02:構造転移のダイナミクス

高分子、両親媒性分子、コロイド等に代表されるソフトマターは、その大きな内部自由度に起因するエントロピーとエネルギー的な相互作用が競合する結果、非常に複雑な自由エネルギー・ランドスケープを生み出し、そこには様々な秩序メソ構造が安定構造ないしは準安定構造として存在する。この複雑なランドスケープをもつソフトマターに、流動場や静電場のような外場を印加することにより、非常に興味深い構造相転移を起こす事が最近報告されている。

例えば、両親媒性分子膜が形成する三次元ネットワーク構造(スポンジ構造やジャイロイド構造)に流動場を加えると、ある特徴的なずり速度で、流動場がもたらす応力を効率良く逃がすために、そのトポロジーを変換して二次元平面膜であるラメラ相へと相転移する。また、平面膜にさらにせん断流を加えると球状の多層膜構造(オニオン構造)へと再びトポロジーを変換することも報告されている。

このようにソフトマターが形成する秩序メソ構造に外場を印加することにより、平衡状態からは予想もされない多様な相転移挙動が引き起こされる。本研究班で対象とする外場としては、温度や圧力などの外部環境、光、せん断流、静電場、更には、界面での濡れや少量のゲスト成分の添加等の物質場など広義の外場による秩序構造転移を対象とする。

本計画研究では、これら外場により誘起される様々な秩序構造相転移の普遍性を明らかにするとともに、外場により本来の熱平衡状態から離れた非平衡状態に置かれた系が、もとの熱平衡状態とどのようなキネティックパスウエイ(相転移ダイナミクス)で結び付けられているのかを解明し、メソスコピック構造制御のための新しい方法論の確立を目指す。

A03:非平衡構造のダイナミクス

ソフトマターは、やわらかさのゆえに外場の印加により容易に構造変化を起こし、変形や流動化など平衡から大きく離れた状態に遷移することがその特徴である。 非平衡条件下では、メソスケールにおける構造変化やゆらぎがマクロスケールにおける非線形応答や非平衡構造を支配し、また同時に後者が前者を誘起するといった階層をまたいだ強い相関が顕著になる。 したがってソフトマターの本質的理解には、非平衡状態での構造形成や運動をメソスケールでのトポロジー変化やゆらぎをもとに、包括的に記述する物理手法の発展が不可欠である。

本計画研究班では、有機分子、液晶、高分子、生体高分子などからなる系が、平衡から遠く離れた状態で発現する非平衡構造と非平衡ダイナミクスを分子レベルからマクロレベルまで包括的に観測し、計測可能な実験系を構築する。 また、理論的には非平衡統計力学に立脚し、外場による構造のトポロジー変化や非平衡ゆらぎを取り入れ、非線形な応答理論を発展させ、統一的な理解と時空間構造の制御に対する指針を得ることを目指す。

具体的には、液晶単分子膜や結晶性高分子の系、DNAやアクチンなどの生体高分子などの系において、濃度や化学ポテンシャルの勾配、力場、電位差、過飽和度などの非平衡条件を制御し、これらの系が示す空間構造、自励振動、固液界面不安定性、分岐の時空パターン、非線形応答などを観測・制御可能にする実験系を構築し、精密測定と理論モデルの詳細な比較を行うことにより、統合的な理解を目指す。

A04:理論・モデリング

ミクロからマクロに渡る複雑な階層構造を有するソフトマターの研究においては、個々の階層の時間・空間スケールに特化した複数のモデルを有機的に結合することで、系の振る舞い全体を理解することが重要である。このような階層的なモデルの構築のためには、個別の階層のモデルの整備を推進するとともに、粗視化の手法を用いた階層間接続の方法を確立する必要がある。

理論・モデリング班では、A01〜A03の項目研究に属する実験グループおよび理論グループと共同して、実験が対象とする個別の問題に最適な理論的解析手法とシミュレーションモデルを構築すると共に、三つの班をまたぐ多階層モデルの構築を目指す。また、ソフトマターを構成する分子や超分子構造のもつ多数の内部自由度は、優れた物性をもつ新規ソフトマターの分子設計に大きなフレキシビリティーを与えている。

本特定領域で得られた多階層モデルを用いることで、新規材料の設計を行うことも可能となると予想される。ソフトマターのミクロ分子構造の解析のためにはモンテカルロや分子動力学のような分子シミュレーションが適しており、一方でより大きなスケールの超分子構造や相分離構造の解析のためには、ギンズブルグ・ランダウ理論や自己無撞着場理論に代表される粗視化された密度汎関数理論が適している。

さらに大きなスケールでは、ソフトマターを弾性体、粘弾性流体や反応性流体のような連続体として扱うモデル化が適している。異なる階層のモデルを結合する際に問題となるのは、モデルの結合領域をいかに自然かつ無矛盾に接続するかという点である。このためには、境界条件の工夫や有効外場の導入などが必要となると予想される。

このように、ミクロからマクロまでを扱うことのできる枠組みを構築し、実験事実を統一的に理解することで、ソフトマター物理の全貌を解明する。さらに、応用面では、新規物質設計のための理論的枠組みの整備を行う。